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【作品解説】『小説 蛭子』

現代によみがえる『古事記』

            砂田 弘(日本児童文学者協会会長)

サブタイトルに〈古事記より〉とあるように、『蛭子』の原典は『古事記』だが、その再話でもなければ、現代語訳でもない。といって、『古事記』を小説化したものとも言い切れない。かつて木下順二は、民話の再創造を試み、新しい解釈を加えた民話劇「夕鶴」を創りだしたが、それになぞらえていえば、「蛭子」はおそらくわが国でさいしょの神話の再創造の試みということになろう。

蛭子は『古事記』の冒頭部に登場するが、その記述は二十字余りに過ぎない。イザナキとイザナミが結婚して、さいしょの子として蛭子を生む。原文では「雖レ然久美度邇興而生子、水蛭子。此子者入二葦船一而流去」。読み下し文では「然れどもくみどにおこ興して生める子は、ひ水るこ蛭子。この子は葦舟に入れて流しう去てき」。現代語訳では「しかし、暗い夜に事を始めて、お生みになった子は、くずの子であった。この子は葦の船に入れて、流してしまった」(梅原猛訳)という記述である。この一行をモチーフに、「蛭子」を主人公とする三百枚を越す物語が展開されていく。

物語は、蛭子と母のイザナミの会話から始まる。葦舟に入れて流された蛭子は生きながらえていて、本当の子を生むには、先に妻を褒めよという高天原の神の言葉を母に伝える。以降、蛭子の発言は、物語の要所で、文字通りキーワードの役割を果たすことになる。
 イザナミがみずからが生んだ火の神に全身を焼かれ、黄泉の国へ下っていき、イザナミがそれを追うという展開は原典を踏まえているが、この闇の国で淤能碁呂島と蛭子が待ち受けているという設定は、作者の想像力が生み出したもの。そして蛭子はイザナキに生まれ変わり、光の国―地上へ上っていく。

荒れ果てた国を造り直す蛭子の活躍が始まる。スサノオの宿った蛭子は、アマテラスとの戦いに勝ち、アマテラスは岩穴に閉じこもるが、蛭子の美しい目の輝きに誘い出され、世界は光を取りもどす。
 スサノオから見放された蛭子は、アマテラスによって、葦舟で再び流される。蛭子はスサノオの娘のスセリヒメと出会い、愛し合うようになった二人は美しくて豊かな国を作り上げるが、そこにアマテラスの軍勢が近づいてくる。しかし、戦いを放棄することを誓った二人が堅く抱き合うところで、物語は幕を閉じる。

この魅力に富む物語で、作者は何を語ろうとしているのか。作者の古事記論『変容する神々』を手がかりに、それを探ってみよう。

>>>次頁へ続く

 東洋医学舎刊
 2005年5月発行
 四六判・上製・246頁
 定価 1260円

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